グリンピースの品種
久留米豊
実を穫るための実エンドウ。子実も莢も濃い緑色で、莢はやや長めの大莢になる。むき実が大きく、甘みが強い。白花で耐寒性があり、一般地と暖地の秋まきに向く。草勢が旺盛で草丈が高く、莢つきがよいので収量が安定する。
くるめゆたか
ほかの品種と何が違うのか
むき実が大きい実エンドウ。大莢で莢つきがよく、収量が安定する。
この品種の要点
- 熟期
- 早生
- 育成元
- 農林水産省野菜試験場
この品種が生まれた理由
実エンドウは莢を捨てて中の豆だけを使うので、莢の大きさより中の豆の大きさが価値になる。久留米豊は国の試験場が育成した実取り専用種で、大莢にむき実の大きい豆が入る。莢ごと食べるキヌサヤやスナップエンドウとは、選ぶ基準がそもそも違うことになる。
味と食感
むき実が大きく甘みが強い。豆ご飯にすると粒がはっきり残る。ゆでて塩をふるだけでも味が立つ。
久留米豊を育てるときのコツ
この品種だから変わる点だけを挙げています。土づくりや水やりなどグリンピースに共通する基本はグリンピースのページを参照してください。
- 草勢が旺盛で草丈が高くなる。支柱かネットを高めに立てる。
- 酸性土壌と連作を避ける。エンドウは連作障害が出やすい部類にあたる。
- 早まきを避け、大苗で冬を越させない。育ちすぎると寒さで傷む。
プランター・家庭菜園で育てる
- 草丈が高くなるので、深さ30cm以上の容器と高めの支柱が要る。
- 幅60cmの容器に3株まで。混むとうどんこ病が出る。
- 実を太らせるだけ肥料を使う。開花後の追肥を切らさない。
収穫適期の見分け方
- 莢がふくらんで、外から豆の形がはっきり分かるようになったら穫る。
- 莢に張りとつやが残っているうちが適期にあたる。しわが出たら遅い。
- むいて豆が大きく、皮につやがあれば穫りどきになる。
保存と食べ方
莢のまま冷蔵する。むくと急に味が落ちるので、使う直前にむく。
よくある失敗
- 実取り専用にあたる。莢ごと食べようとすると硬くて食べられない。
- 深まきすると発芽がそろわない。1か所に3〜4粒を浅めに播く。
栽培カレンダー
グリンピースの一般的な時期を表示しています。
| 作業 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| タネまき | 1月はタネまきの時期ではありません | 2月はタネまきの時期ではありません | 3月はタネまきの時期ではありません | 4月はタネまきの時期ではありません | 5月はタネまきの時期ではありません | 6月はタネまきの時期ではありません | 7月はタネまきの時期ではありません | 8月はタネまきの時期ではありません | 9月はタネまきの時期ではありません | 10月はタネまきの時期です | 11月はタネまきの時期です | 12月はタネまきの時期ではありません |
| 収穫 | 1月は収穫の時期ではありません | 2月は収穫の時期ではありません | 3月は収穫の時期ではありません | 4月は収穫の時期です | 5月は収穫の時期です | 6月は収穫の時期です | 7月は収穫の時期ではありません | 8月は収穫の時期ではありません | 9月は収穫の時期ではありません | 10月は収穫の時期ではありません | 11月は収穫の時期ではありません | 12月は収穫の時期ではありません |
カレンダーの読み方
- タネまき
- 植え付け
- 収穫
- その時期ではない
露地栽培(屋外の畑・プランター)を想定した目安です。ハウスやトンネルを使うと時期は前後します。同じ露地でも北海道と沖縄では1〜2か月ずれるため、 旬のおおよその位置をつかむものとしてご覧ください。
グリンピースのほかの品種
3品種。果実の大きさや産地で見比べられます。
- うすいえんどう和歌山県和歌山県を中心に作られる実エンドウ。莢ではなく中の豆を食べる。皮がやわらかく、豆ご飯にすると香りが立つ。名は大阪府羽曳野市碓井(うすい)に由来するとされるが、いまの主産地は和歌山県になる。関西では春の豆ご飯といえばこれにあたる。
- 紀州うすいきしゅううすい和歌山県うすいえんどうから選抜された系統。粒がそろい、青臭さが少ない。和歌山県が主産地で、実エンドウとして出荷される。皮がやわらかいうすいえんどうの性質を受け継ぎつつ、粒のそろいをよくしてある。
- ツタンカーメンのエンドウ豆つたんかーめんのえんどうまめ濃い紫色の莢が付く実エンドウ。花も紫で、中の豆はふつうのエンドウと同じ緑色になる。豆ご飯にして保温したままにしておくと、飯がうっすら桜色に染まる。ツタンカーメン王の墓から出た豆の子孫という言い伝えとともに広まった。日本には1956年にアメリカから伝わったとされる。